突然ですが、「タツノオトシゴはオスが妊娠・出産する」ってご存じですか?
- オスのおなかには「育児のう」という袋があり、まるで子宮のように働く。
- メスがオスの袋に卵を産みつけ、オスが受精させる。
- オスは胚に栄養と酸素を供給し、理想的な環境で発育させる。
- 約2〜3週間後に卵がかえり、オスが赤ちゃんたちを海に放出!
なんてユニーク!
このタツノオトシゴに似た妊娠・出産方式をテーマにしたファンタジーを、抜群の画力と熱量で描き切ってくれたのが、今回ご紹介する乙女向け同人マンガ、
「雄妊——異世界の王様に子作りを頼まれたら断れなかった!」です。
めちゃくちゃ面白いです。

あらすじ
ヒロイン・紫苑は、ある日突然、異世界に召喚されます。
彼女を待っていたのは、海月種族の王・ヒスロナル。この海月種族、なんと何百年も子供が生まれておらず、絶滅寸前という大問題を抱えていました。
ヒスロナルが海の神様に解決策を相談したところ、
「異世界から来た者(=紫苑)が、この状況を変えてくれる」
というお告げを受けます。でも紫苑にしたら、いきなり異世界召喚されて子供を産めと言われてびっくり仰天です。
ところがヒスロナルはにっこり。
「実は赤ちゃんを産むのは私です」
そう、海月種族は、男性が妊娠・出産を担う生き物だったのです。
ヒスロナルの見事な胸筋とあまりの美貌に魅了され、断れなくなった紫苑の運命は……。
NOTオメガバース世界で、どうやって男性が妊娠・出産するの?
「男性が妊娠・出産」する作品は、BLではそんなに珍しいものではありません。例を挙げると、BLで大人気のジャンル・オメガバースは「オメガであれば男でも女でも妊娠できる」という直球の設定です。
また、「男性妊娠」のテーマで一般にも有名な作品といえば、
- マンガ「ヒヤマケンタロウの妊娠」(坂井恵理)
- 映画「ジュニア」(主演:アーノルド・シュワルツネッガー)
あたりでしょうか。
でも、TLや乙女向け同人で男性が妊娠・出産する作品は、激レア。少なくとも私は「雄妊」で初めて読みました。
おそらく、ジャンル的に男性の“男らしさ”が重視されやすいからなのかな……と思います。
試しにがるまにで「男子妊娠/出産」タグを検索してみたところ……
- TL/乙女向け同人 → 2件ヒット(そのうち1件が「雄妊」)
- BLジャンル → 361件ヒット
TL/乙女向け同人の「男子妊娠/出産」がかなりマイナージャンルだとわかります。もっと読みたいけどな〜!
「雄妊」の妊娠メカニズム、謎すぎて笑う
本作では、セックスの形式自体はごく一般的。女性(紫苑)の膣に男性(ヒスロナル)のペニスを挿入するというものです。
が、
そのあとの展開がすごい。
- 紫苑の子宮が激しく収縮する(まだわかる)
- 排出された卵子が溶解する(??)
- DNA遺伝子液体に分解される(???)
- ペニスが超強力な吸引力を発生(!?)
- 紫苑の遺伝子がヒスロナルの体内に吸い込まれ、睾丸の奥深くに入る(!?!?)
→ 受精完了!
本当に「覚悟完了!」みたいなノリで「受精完了!」って書いてあって爆笑しました(そのときの効果音が「ガパー」「ガパー」なのも訳がわからなすぎて笑った)。
数ヶ月後、ヒスロナルがついに出産の時を迎えます。
陣痛に苦しむヒスロナルを、紫苑が励ましながら手コキし(!?)、ペニスから無事にスプラッシュ産卵。イクラみたいなものが景気良くたくさん生まれ、海月種族には数百年ぶりに無事子供が生まれました。
少子化が進む異世界で、男性ががんばって妊娠・出産する──奇想天外なファンタジーでありながら、現代の問題にも少し思いを馳せる物語でした。
変化球なファンタジーが好きな方はぜひ!
私が「がるまに」で求めているのは、商業TLではあまり見ない、こういう荒唐無稽な真剣さなんだよな……ということを再確認させてくれたお話です。
余談ですが、ヒスロナルの性器描写もかなりユニーク。
- 陰毛のような「肉ひげ」
- 粒々のある亀頭
- 妊娠時に膨らむ睾丸
などなど、読んでて飽きない造形になっています。
作者・新戶まゆきさんは、おそらく海外の作家さん。ところどころ日本語は少し不自然ですが、意味はバッチリ伝わるし、何より絵が上手いです。

ネタバレありの感想
ここからはラストのネタバレをしていますのでご注意を。
ラストで明かされるのは、ほかの部族(おそらくすべて海族)も少子化に直面しており、紫苑の「協力」が求められているということ。そして紫苑との子作りを望むイケメンたちが、列をなして登場します……!
これはもう、男性向け作品のハーレム構造の逆バージョンです。
たとえば、
- 異世界に召喚された男が、女たちから子種を求められる
- 因習村に迷い込んだ男が、繁殖要員として囲まれる
といった定番モチーフを、ジェンダーを反転させて提示しているとも言えます。
しかも「産むのは男性」。紫苑自身は妊娠・出産というフィジカルなリスクを負わないため、紫苑に感情移入している女性読者も安心して“モテモテ逆ハーレム展開”を無邪気に楽しめる。実際、ラストで列をなして登場したイケメンたちと紫苑の逆ハーレム見たい……!とワクワクしました。純粋に楽しそうだなって。
これまでは男女逆転設定の物語やTSでも、妊娠・出産は“女性(の体を持つほう)の役割”として残されることが多かった印象です。よしながふみの「大奥」もまさにそうで、男女の権力構造や役割が逆転しても、妊娠・出産は女性のものでした。
もちろん男性が妊娠・出産する物語はすでに存在します。前述した「ヒヤマケンタロウの妊娠」のように、男性の妊娠を題材にリアルで社会的な視点から描く作品もあり、そちらは決して楽しいだけのファンタジーではありません。だから、「男が産む」=「妊娠・出産が気軽」という話ではないのですが、「雄妊」を読んだときに「ヒロイン、Hをたくさんしなきゃいけなくて大変そう……まあ産む側じゃないから、なんとかなるか!」と、気楽に読んでいる自分がいました。
これはつまり、妊娠・出産という行為に含まれる負荷やリスクを、主人公の体のこととして考えなくていい設定であったため、純粋に娯楽として消化できるようになったのかもしれません(無責任になったとも言えるかも)。
もうひとつ注目したいのが、「雄妊」における出産方法が「産卵」であること。
人間の出産は、どうしても血や痛み、命のリスクといった「現実の妊娠・出産」がちらついてしまうものですが、産卵ならば、そのイメージをまるっと避けられる。
たとえば、同じく「がるまに」で配信されている乙女向け同人作品「片端の桜」も、ヒロインである天女が産卵するシーンがあります。

こちらも産卵シーンはしっかり苦しそうに描かれていて、エロティックな演出もあり、軽く描かれているわけではありません。
ただ共通しているのは、「血」や「生々しいリアル」から距離があること。描写はどこか幻想的で、神話のような世界として読める。
つまり、「産卵」は、
- 妊娠・出産がテーマでも、心がずしんと重くならない
- 生々しい出産感を避けたい
- でもエロはちゃんと成立させたい
という願望を、ファンタジーの中で叶えるちょうどいい手段になっているんです。読者の身体感覚に踏み込みすぎない距離感がある。
というようにつらつら感想を書きましたが、単純に「雄妊」はマンガとしても面白いのでオススメです。そのうえで、「もし男性が妊娠・出産する世界だったら……」という思考実験としても読み応えのある作品でした。
