今回取り上げるのは、イースト・プレスのソーニャ文庫から刊行された、宇奈月香さんのTL小説「愛に狂う王子は妖精姫に跪く」です。

自分の気持ちをあまり明かさないヒーローが、ここぞというクライマックスでヒロインに猛烈に愛を乞う。
王道で大好きな展開です。
でも、この「愛に狂う王子は妖精姫に跪く」では、ずーーーーーっとヒーローがヒロインに愛を乞うてます(笑)。

終始クライマックス!
「いや、『ここぞ』というときに求愛するからいいんじゃないの?」と思われる方もいるかもしれません。緩急があればこそ、物語が盛り上がるんでしょうと。
わかります。でも、この物語を味わうポイントは
- 美形・冒険者・王子・硬派・気品ありという属性モリモリのヒーローが、醜態を晒すほどに愛に狂う姿
- なのにコメディにならず、シリアスな物語
だと私は思います。本当に萌えるTL小説なので、レビューしていきますね。
シリアスかつ切ない展開、でも私が訴えたいことは1つだけ
物語の舞台は、「妖精の片羽根」の結界によって魔獣から守られている王国です。
でも、その片羽根も400年で3割ほど崩れ、結界にも綻びが生じています。凶悪で巨大な魔獣が人間を襲うのももう目前……という危機的な状況。
そんな王国の第一王子・ラーシュレイフは、もう一つあると言われる「妖精の片羽根」を手に入れるため、魔女の森に赴くことになります。
そもそも妖精の羽根は、片羽根をもがれて魔女になった妖精のもの。魔女は森で復讐の機会を狙っていると言われており、ラーシュの任務は危険極まりないものです。
王位継承権を放棄し、冒険者として身を立てているという変わり者の王子ラーシュは、生き急いでいました。
ラーシュは幼い頃からなぜか喪失感を抱え、国に保管されている妖精の羽根を見るときだけその喪失感が和らぐ。そんなラーシュが魔女の森へ向かいます。
一方、魔女の森にはリアンヌという片羽根しかない妖精がいました。彼女は「妖精を裏切った」とされる妖精王女シャンテレーレの子孫で、次代へ羽根を繋ぎ、「シャンテレーレのとある願いを叶える」という使命があります。
大切なのは自分ではなく、「妖精王女の願い」と「彼女から受け継いだ片羽根」。そういう人生を受け入れていますが、生きる道を選べない不自由さも抱えています。
そんな2人が森で出会い、物語が動き出します。
作中でたびたびカットインする、人間と妖精の和平を夢見た400年前の人間の王と妖精王女シャンテレーレの悲恋。リアンヌとラーシュがともに抱える喪失感、不自由さ。
そういったシリアスかつ切ない展開は、ぜひ物語を読んで堪能してください。
私が訴えたいことはただ1つ。



ラーシュがマジでいい!!!!!
ってことです。
気品と無様さが両立してるという奇跡
どこがいいかって、かなり醜態を晒すんですよ。
致命傷を負ったところをリアンヌに手当してもらい、でも意識が戻った途端魔女だと思い即座に腕を捻り上げて無力化したまでは歴戦の冒険者っぽかったんですが、リアンヌの羽根を見た瞬間に泣く。羽根に顔を擦り寄せて頬擦り。しまいには逃げようとするリアンヌに必死にすがりつき、泣きじゃくる。
口調も最初は高圧的だったのに、「待って!」「どこにも行かないでくれ!」「すぐにまた戻ってきてくれるか?」と懇願。
落ち着いてもずっと手は離さず、でも醜態を晒したことは気まずいのか初々しく恥じらう。もじもじして生娘のような態度。
そしてリアンヌに好かれたくて、嫌われたくなくて、リアンヌのことを知りたくて超必死。
「憐れみすら覚えるほど無様だった」と作中に書かれるほどなりふりかまわない。
ファーストコンタクトがこれで、これがずっと続きます(笑)。
特に、薬師でもあるリアンヌが人間からの依頼で惚れ薬を作ったときのエピソードは絶品。
ラーシュはリアンヌが薬師であることを知らないため、意中の誰かに飲ませたいのかと疑い、でもわずかな理性で制御しようとして(できてない)、それでも漏れ出る嫉妬。



よき!
それから発情期エピソードも至高でした。
妖精には発情期があり、そのときが来たらリアンヌは次代に羽根を繋ぐために人間の男から子種をもらおうと思っています。
リアンヌはあまり深く考えずに「相手は適当に選ぶ」と言うのですが、そのときのラーシュの「俺にしてくれ」「適当に選ぶなら俺でいいだろう」という必死さ。
こういうエピソードが満載で、とにかくラーシュはリアンヌに必死で愛を乞います。
ラーシュは本来、硬派で鷹揚とした人間。王子だから気品があり、絶世の美男子です。
リアンヌの前でだけ自制できず、情緒不安定で情けない一面を見せる。
動じない人間が、ヒロインに関することだけ無様な姿を晒してしまうギャップ。
ヒロインの特別感が増し増しで、「TL読んでてよかった〜!」と心から思います。
前述したように、リアンヌは「次代に羽根を繋ぐ存在」だと教えられて生きてきました。大切なのは「自分の幸せ」ではなく、「シャンテレーレの願いを叶えること」。祖母・母も同じような生き方をして死んでいきました。
だからこそ、リアンヌを無様なほどに乞い、行動でも言葉でもリアンヌをめちゃくちゃ特別視するラーシュの存在が光ります。
そしてこの物語の凄さは、これだけ「無様」「情緒不安定」と言われているヒーローがいるのに、コメディにならないところです。
コメディはコメディで大好きなのですが、この設定でシリアスに進んでいくところがすごい。
ラーシュが品の良さと無様さを両立してるという奇跡(笑)。まったくカッコよさを損ねてないんです。
宇奈月香さんの魅力と、筆力のなせる技なんだろうと思います。
やっぱり「美少女戦士セーラームーン」や「ぼくの地球を守って」で育った私は、シリアスな前世作品を求める気持ちがDNAに刻み付けられていて。
すごく面白いので、ぜひ読んでみてください。